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東京高等裁判所 昭和24年(ネ)136号 判決

控訴人 被告 水口修 外二人

訴訟代理人 岡田喜義

被控訴人 原告 株式会社山田商店

訴訟代理人 塩坂雄策 外一人

主文

本件控訴はこれを棄却する。

控訴費用は控訴人等の負担とする。

事実

控訴人等代理人は、原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。控訴費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張は、控訴人等代理人において、

(一)被控訴会社は単に本件家屋を空家にして他に高価に売却するために控訴人等に明渡を求めるのである。それは被控訴会社が数十軒の家屋を所有しているが今までに朝鮮人などまで使用して家屋を空家にして高価に売却した事例から見てもわかる。仮に被控訴会社がその店員や復員者を居住させる必要上本件家屋の明渡を求めるのであるとしても、被控訴会社は他に四戸建一棟の空家を所有しているから、控訴人等に対して本件家屋の明渡を求める必要はない。故にいずれの点から見ても明渡を求める正当の事由がない。(二)控訴人丸山と小島は被控訴会社の代理人である社員松岡八穂の承諾を得て本件家屋に居住したのである。仮に承諾がなかつたとしても松岡は控訴人水口の所に家賃の取立に来て右控訴人が丸山や小島を同居させていることを知りながら、何等異議をいわなかつたのであるから、同人は丸山や小島の同居を暗黙に承認したのである。従つて控訴人丸山や小島は本件家屋を不法に占有するものではない、と述べた外は原審判決事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。

証拠として、被控訴代理人は甲第一号証の一、二、第二乃至第四号証を提出し、原審証人山田志ん、当審証人福田豊一、原審並びに当審における証人松岡八穗及び被控訴会社代表者山田新之助の各供述を援用し、乙号各証の成立を認め、控訴人等代理人は乙第一乃至第四号証を提出し、原審並びに当審証人水口ノブ(当審は、第一、二回)当審における証人芳野テル、引場千代松及び控訴本人丸山千鶴子の各供述を援用し、甲号各証の成立を認めた。

理由

被控訴人が控訴人水口に対し、いずれも期間の定めなく被控訴人主張のような賃料で、昭和十九年六月九日被控訴人主張の(イ)建物を、更に昭和二十年七月一日その主張の(ロ)の建物をそれぞれ賃貸したこと並びに被控訴人が昭和二十二年六月一日到達の内容証明郵便を以て、同控訴人に対し右(ロ)の建物の賃貸借契約を解約する旨の申入をしたことは右当事者間に争ないところである。依つて右解約申入が正当の事由に基くかどうかを審按するに、成立に争ない甲第三号証、原審証人山田志ん、当審証人引場千代松、原審並びに当審における証人松岡八穗及び被控訴会社代表者山田新之助の各供述と原審並びに当審における証人水口ノブ、当審における控訴本人丸山千鶴子の供述の各一部とを綜合すると、被控訴会社の店員である小峰剛、千名原利光、鈴木実、小林某等は昭和二十一年中復員又は外地より引揚げて来たが住宅がなくて千名原は妻子三人で東京都港区海岸通りの被控訴会社の事務所の二疊に住み、小林は妻と共に弟の所に同居し、鈴木は被控訴会社の物置に住み、小峰は復員後結婚することになつたが家がなくて結婚できない始末で、被控訴人としてはどうしてもこれ等の店員のために住居を心配してやらなければならない切実な必要に迫られている事実、本件係争の、(ロ)の建物は控訴人水口の代理人である母水口ノブから、ノブの娘で水口修の妹である控訴人丸山が結婚するのだからというので、控訴人水口に前記のように賃貸したのであるが、昭和二十年暮頃になつても結婚して本件家屋を使用する様子もないので、被控訴人の代理人松岡八穗は、終戦により被控訴会社の店員が引揚げて来て本件家屋を使用する必要が生ずることを予想して、控訴人水口の代理人であるノブに事情を話して本件家屋の返還を求めたところ、ノブは承諾しないので、同人は他に転貸でもするときは必ず返還されたいと申入れたところ、ノブもこれを了承した事実、然るにノブはその後被控訴人に無断で控訴人小島や、訴外花柳某、赤尾某等を本件家屋に居住させて居り、一方被控訴会社では前記のように店員が引揚げて来たので、松岡八穗はノブに対し再三窮状を訴えて本件建物の返還を求めたが応じないので被控訴人はやむなく前記解約の申入をしたものである事実、ところがノブはその申入を受けた後も福田豊一、藤井某等に本件家屋を間貸しして、その周旋人の手から価格数千円の物品をその都度収受した事実、控訴人丸山は昭和二十三年暮に益田某と結婿して神奈川縣三浦郡葉山町にある右益田所有の家屋において同人と同棲するに至つた事実、控訴人水口の家族は他にノブだけであり前記初めに借りた(イ)の建物の間数は、八疊、四疊半、三疊の三間ある事実を認めることができ、これ等の事情と現時における甚だしい住宅難の状況とを併せ考えると他に特段の事情がない限り、控訴人水口は、その賃借している前記(イ)の建物を住宅として確保することに甘んずべきであつて、被控訴人の前記解約申入は正当の事由あるものと認定するを相当とする。控訴人水口は、被控訴人は単に本件家屋を空家にして他に高価に売却するために控訴人等に明渡しを求めるのである。仮に然らずとしても、被控訴人は他に四戸建一棟の空家を所有しているから控訴人等に対し本件家屋の明渡を求める必要はない。と主張するから審究するに、この点に関する前掲証人水口ノブ、控訴本人丸山千鶴子及び当審証人芳野テルの各供述は前掲松岡八穗及び山田新之助の各供述と対照して採用することができず、他に控訴人主張の右事実を認めるに足る証拠はなく、かえつて右松岡八穗の供述の一部と山田新之助の供述によると、被控訴会社は終戦当時二十九軒程の貸家を所有していたが、財産税の納付等に窮して十軒許り処分したが右はなるべく居住者の買受希望者に売渡した上その買受希望のないものは周旋人の手を経て売渡したものであり、控訴人主張のように朝鮮人を使用して明渡を強要して高価に売渡したような事実はなく、偶々周旋人の手を経て売つた訴外芳野テル居住の家屋の買主が朝鮮人であつたが被控訴人としては売買成立当時全くこれを知らなかつたものである事実、被控訴人所有の右売残つている家屋はいずれも借家人が居住し他に被控訴人主張のような店員を居住させる空家を所有していない事実、並びに被控訴人は前記のような事情によつて本件解約申入をしたので控訴人主張のような空家にして高価に売却するような目的で解約の申入をしたのでない事実を認めるに充分であるから、控訴人水口の前記主張は採用できない。尚当審における証人水口ノブの証言(第二回)と成立に争ない乙第四号証によれば控訴人丸山の夫益田は東京都内武藏野館の専属バンドマンとなり昭和二十四年十月四日に妻の控訴人丸山と子供を連れて本件家屋に移転して来た事実を認めることができるが、右控訴人丸山千鶴子の当審における供述によると、益田は従前から葉山町に居住して東京都の進駐軍に務めて同町の自宅から通勤し夜分遅くなつたことが屡々であり、そのときは本件家屋に宿泊したりして勤務に支障がなかつたのであるから、今度武藏野館に勤めるようになつても遅いときは控訴人水口の所に宿泊することもできるのであるから、同人は葉山町の住居から本件家屋に移転しなければ勤務できない事情にあるとは認められないし、又現下の住宅難の際においては控訴人水口と同居してもあながち無理とはいえないのである。然るに本件家屋が目下被控訴人と明渡しの係争中であることを知りながら、今に至つて本件家屋に移転して来たからといつて、これを以て被控訴人の解約申入の正当性を否定する理由となすことは到底できないところである。

以上の次第で被控訴人の前記解約申入は正当の事由あるものというべきであるから、右申入後六ケ月を経過した昭和二十二年十二月一日限り本件(ロ)の建物の賃貸借契約は終了したものというべきである。従つて控訴人水口は被控訴人に対し右建物を明渡すべき義務があり、又被控訴人は同控訴人が右建物を明渡さないために右建物の賃料額に相当する損害を被つているものというべきであるから、同控訴人は被控訴人に対し昭和二十二年十二月二日から右建物明渡しずみに至るまで前記認定の賃料に相当する一ケ月金四十二円十銭の割合による損害金を支払うべき義務あるものというべきである。

次に控訴人丸山及び同小島に対する請求について審按するに、本件係争の(ロ)の建物が被控訴人の所有であること及び同控訴人等が右家屋に居住してこれを占有していることは当事者間に争ないところである。右控訴人等は被控訴会社の代理人松岡八穗の承諾を得て本件家屋に居住したのである。仮に承諾がなかつたとしても、松岡は控訴人水口の所に家賃の取立に来て右控訴人が控訴人丸山同小島を同居させていることを知りながら何等異議をいわなかつたのであるから、同人は控訴人等の同居を暗黙に承諾したのである。と主張するけれども、右前段の主張事実についてはこれを認めるに足る証拠なく、後段主張の事実については仮に控訴人等主張のような事実であつたとしても、控訴人水口と被控訴人との間の本件建物の賃貸借契約は前記認定のように昭和二十二年十二月一日限り終了したのであるから、控訴人等は最早被控訴人に対して本件建物に居住する権原あることを主張できないものというべきである。而して控訴人等は他に本件建物を占有すべき権原あることを主張しないから、右建物の所有者たる被控訴人に対してこれを明渡すべき義務あるものといわざるを得ない。

以上の次第であるから、被控訴人の請求は全部正当として認容すべきであつて、これと同趣旨にいでた原判決は相当であるから本件控訴は棄却すべきである。

依つて民事訴訟法第三百八十四條、第九十五條、第八十九條、第九十三條を適用して主文の通り判決する。

(裁判長判事 大野璋五 判事 柳川昌勝 判事 浜田宗四郎)

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